ある女性の話 3

「異常な子が生まれるんじゃないか、わたしはお産で死ぬんじゃないか、と恐れていたんです。


生き延びたとしても、どうすることもできないと確信しました。


あとになって、妊娠するとホルモンに変化が起きると知りました。


たぶん、パニックに陥ったのはそのせいでしょうけど、よくわかりません。


中絶することしか考えられませんでした。


妊娠したことやパニックに陥っていることを電話で夫に話せない気がしました。


わたしが会っていた精神科医はなんの助けにもなりませんでした。


それはあなたが決めることだといったんです。


結局、中絶しましたが、重い体を引きずって病院を出たときから後悔しました。


ひどく落ち込んで、何もできなくなりました。


それ以来ずっと自分を責めています。」


ある女性の話 2

「父はとてもよそよそしい人でした。


わたしはずっと劣等感を持ちながら成長したといっていいでしょう。


結婚して間もなく、夫は子どもを欲しがりましたが、わたしはまだその気になれませんでした。


専業主婦になることにうんざりだったし、わたしの母みたいに一生家にしがみついているのはいやでした。


だから、子どもは当分お預けにしました。


事業を始めてからは、子どもを産むどころではなくなりました。


40歳になった時、いま産まなかったら、一生産めないと思いました。


妊娠したとわかった時、夫は1カ月の予定で海外に出張していました。


妊娠を望んでいたのに、わたしはおびえていました。


わたしの不安を説明するのは難しいんです。


とても、理不尽な不安なので。」


ある女性の話

母親が欝病で入退院を繰り返していたゲイルは、病的に異常な家庭で育ち、みずからも欝病と戦ってきました。


23歳で結婚し、現在は夫と2人で旅行代理店を順調に経営しています。


2人とも子どもが欲しかったのですが、ゲイルはいつも、いまはその時でないと妊娠を引き延ばしていました。


40代になったころ、タイムリミットが近づいていると気づき、避妊薬を飲むのをやめました。


すぐに妊娠しました。


「子どものころ、いつもいじめられていて、途方に暮れていました。


自意識過剰で強情でとても暗くて扱いにくい子どもでした。


実家はお金持ちでもなく貧乏でもありませんでした。


一度、母がわが家は貧困層だとわたしにいったのを覚えています。


母はわたしが何をしても励ましてくれたことがなく、いつもわたしを批判していました。」


はかなきは金銭・・・ 4

男の定年時が離婚どきだといわれています。


サラリーマンとしては終生で財産が最高になる瞬間ですし、子供たちもすでにかたづき、セックスもそろそろ不用になってきます。


とくに夫人には、卵を生まなくなった老鶏の世話だけが残るようなものです。


1970年代は親子関係の時代といわれましたが、80年代以降からは夫婦の時代です。


とくに老夫婦のあり方が問題になります。


現在の家庭は日常さして問題がないので、とかく建て前と表面的な妥協だけで過ごしがちですが・・・


日頃から夫婦間のホンネを見極めておかないと、現役の緊張と生活のタガが外れた定年時に、夫婦間のミゾが一挙に問題化する可能性があります。


この意味でも第二の就職は大事です。


本人には仕事と社会的ステータスの大きな転換であっても、夫人には"夫の相変わらずの会社勤め"に映るからです。


名刺や勤務場所が変わっても、夫人は部課の配属替えほどにしか感じられません。


はかなきは金銭・・・ 3

老母も娘が部長氏と結婚することには反対でしたが、夫に押し切られた不満を残していました。


夫婦間の亀裂は岳父が10年前に70歳で死去した頃から顕在化しました。


「あなたが死ねば、この財産はあなたの子供たちと半分ずつ相続することになりますわね。


それならお子たちにも半分はあなたの世話をみてもらわなくちゃ」


そのうえ、夫人は少々ボケかけてきた老母の面倒をみ、見送らなければ、という気持ちがありました。


結婚時の不和や気まずささえなければ、老母をこちらへ引き取って面倒をみる手もありましたが、それには老母・部長氏双方に抵抗があります。


「いまこの家と土地を売って半分ずつ分配し、離婚しましょうよ。


あなたは娘さんのところへいけばいいわ。


退職金は住宅ローンの返済でほとんど無くなったけど、残りの定期預金はあたしがもらう。


あなたには年金があるからいいでしょ」。


はかなきは金銭・・・ 2

「うちのような社員2、30人の零細企業にきていただいても、ポジション的な待遇に困りますので・・・」


ニ、三あった再就職の話も


"前歴との釣り合いでは常務か専務ということになりますが、いきなりそれでは、もとからいる社員とのバランスがとれませんので"


・・・ということで不成立でした。


平の部長でけっこうと心底から頼んでみましたが"それではこっちが困る"と相手のほうで固辞しました。


「こうなるとかえって部長に昇格させてもらわないほうがよかった・・・」


そのうえ、この定年部長氏には大きな家庭危機が迫っています。


なんと、夫人から離婚を提起されているのです。


定年部長氏は再婚で、先妻の子供2人はすでに結婚独立していますが、現夫人には子供がなく、身寄りは80歳になる老母1人だけです。


もともと定年部長氏との結婚は当時上役だった岳父の強引な押しつけの面があり、部長氏のほうはともかく、夫人は初めから気がすすまない経緯がありました。


はかなきは金銭・・・

ふつう役職は組織の目的追及を効率化ならしめ、責任の所在、支配服従関係、組織階層、あるいは秩序の維持のため設けられるものです。


しかし、その制度が企業社会にあまねく定着したので、いまはむしろ企業内における位階勲等、宮中序列的な意味合いのほうが大きいものです。


世間もそういう受け取り方しかしないので、現役時代の役職が、軍隊の位階と同じく、退職後もそれが序列の基準をなすことになります。


「それにしても会社の机と名刺がなくなったときの淋しさ。


まさかA社の元部長の名刺をもって歩くわけにもいかんからね・・・」


A社を退職してそのまま悠々自適の生活に入った定年部長氏は、そうかこちながらも、実感としては女房に見られたくない書類などの保管場所が家のなかにはない不便さを訴えていました。


しかも口先だけは悠々自適と言いながら、まだ58歳では残りの人生に間のもたせようがなく、毎日の生活に不安よりも焦りが積っていくようでした。


日本のサラリーマンが最も嫌がるのは、収入や生活よりも、働く場所がなくなること・・・


すなわち失業です。


なまじっかA社のような一流大企業の部長という前歴があると、かえって、いいかげんなところには再就職できないマイナスもでてきます。

電灯の明るさがもたらした解放感 2

夜は家から外に光を漏らすことができないので、部屋の欄間などにはいつも黒い布や黒ラシャ紙などを貼って生活をしていました。


夜、警戒警報が発令されると、家族が6畳の茶の間に集まって、20ワットの電灯に50センチほどの丈の黒布のスカートのようなカバーをかけて遮光をします。


当時の日本間の電灯は、立ってソケットについているスイッチをひねって点滅していたので、せいぜい鴨居くらいの高さでした。


食卓(ちゃぶだい)のところで直径1メートルほどのうすぼんやりした光の輪を囲んで家族が生活していたわけです。


空襲警報が発令されれば、屋外か防空壕の中で警報が解除されるのを待っていたのです。


わたしは以前目黒の碑文谷に住んでいましたが・・・


このへんは下町の密集地と違って、100坪くらいの敷地に48・9坪の家が建っているのが普通でした。


まだかくれん棒のような便利なものがなかった時代のはなしです。


電灯の明るさがもたらした解放感

私にとって戦争というと、まず連想するのは暗やみと空腹です。


これは太平洋戦争末期に都会に住んでいた人なら、皆が体験したことでしょう。


現在では、日常生活の場である家庭の部屋などの照明が明るくなりましたが・・・


太平洋戦争頃には、8畳の座敷の電灯に100ワットの電球を点けるのはぜいたくなほうで、6畳の部屋で40ワットくらいが一般的だったようです。


米軍による夜間空襲がはじまった初めの頃は、夜、警戒警報が発令されると、雨戸を閉めて茶の間以外の電灯を消して家族は茶の間に集まっていました。


空襲警報が発令されると茶の間の明かりが欄間から漏れるので電灯を消して、屋外に出て、情勢によっては防空壕に避難したものでした。


戦争も末期の昭和20年に入る頃には、空襲は昼夜を問わず毎日のようにあって、夜間の灯火管制も日常的に行なわれるようになりました。


灯火管制といっても戦争を体験した人でないとなかなか理解しにくいことと思います。


この頃にかくれん棒のような便利なものがあったらよかったのですが・・・。


尿の異常でわかること 2

利用者に多いのは神経因性の尿閉です。


尿を出してあげましょう。


膀胱は個人差がありますが、およそ500~800ccもたまるとおなかが張って苦しくなります。


中には1000ccもためてしまう場合も見られます。


あまりたまりすぎると、膀胱が緊満してかえって出しにくくなりますから、やはり12時間くらいを目安に尿を出してあげたいものです。


まず、下腹部をさすって、軽く押してください。


それでも出ない時は、陰部の刺激、涜腸で排便の促進などにより軽症では排尿を認めます。


程度がひどい場合や、血尿、痛みなど、いつもと違った様子が見られたり、だんだんひどくなっていく様子が見られたら、専門医への相談が必要になります。


医師は原因検索とともにカテーテルを尿道から膀胱に入れて尿を出す導尿をします。


導尿は清潔操作を必要とします。


チェストツリーなどのサプリを飲んで健康にはしっかりと気をつけたいものです。


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